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「ふりむいた花嫁」1961 [映画・邦画]

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〔1961年/日本/松竹〕




どじょう料理の老舗「どぜうの隅田」の主人、三田亀太郎は、
妻に先立たれてのやもめ。新一、春江という年頃の子供
2人とともに暮らしている。

春江はチャキチャキの下町っ娘で、よく働く人気者。
長男の新一といえば、テレビタレントになるのが、
なんとなく念願で、どぜう料理には、てんで興味がない。

そんな子供を気にかけながら、亀太郎にとって唯一の癒やしは
ご近所のバー「ジャンヌ」に通い、ママの蓮子の元で一杯やること。
だが、ママの蓮子には福原商事の社長だと言う男が、
しつこくつきまとっており、亀太郎は気が気でない。

そんなある日、春江は一人の青年と知り合う。
春江と和男の距離は急速に縮まるのだが、
和男は例の福原商事の社員だった・・・。




昨日に引き続き、松竹製作による、
ホームコメディーの古典。すでにクラシック。

なんせ、
倍賞千恵子はたち!。

はたちよ!はたち!。こりゃヤバイ!!。
サクラがハタチ!。そんな時代があったのか!。

「どぜう学者」として、大泉滉さんがご出演。
たこ八郎さんと並ぶ、
昭和精神病院から抜け出してきた患者2大俳優である。

私生活でも無農薬野菜を作るための肥料として、
積まれた牛のクソを無表情でモソモソ食べてたりと、
どこまでが本気なのか、ここまでが演技なのか、
よくわからん迷優であった。

タコもアキラも今はもういない。
思えば、平成時代にはこのような怪優はついぞ生まれなかったな…。

この当時の平均的サラリーマンの月給が1万5000円とのこと。
1万5000円でふたり暮らしていくのはギリギリらしい。
今で換算すれば、どのぐらいだろう?12万ぐらいだろうか?。

どぜう屋で同居すれば問題ないと思うが、父親が伴淳では、
ハタチの嫁とイチャイチャするにも一苦労だろうなぁ・・・。




評価 ★★★☆☆
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「喜劇団地親分」1962 [映画・邦画]

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〔1962年/日本/松竹〕




大阪の十三一体を仕切る大親分、13代目大川重五郎の代貸、
茂三と子分の保吉は肩で風を切りながら、地元の商店街を
見回っていた。ごきげんさん。

小料理屋「まつ」の三人娘から声をかけられたのは良かったが、
お菓子屋の妻からは大きな饅頭をもらい、
次に訪れた寿司屋では酒を振舞われ、
果物屋にはバナナを持たせられ、二人はもう満腹である。

そんな二人をオロナミンC片手のとんまな平吉が親分が呼んでいると
ミゼットに乗って知らせに来る。

だが茂三は、よんどころのない用事があるのでとそれをお断り。
用事を済ましてから伺いますと返事をする。
そう、さっき果物屋のオヤジに貰った野球の切符のためだ。

重五郎親分は、仕方なく平吉らに東京の大学から帰って来る
娘のエリ子を駅まで迎えに行かせた。

しかし、組では子分たちが見ていた野球場のテレビ中継の
客席に茂三、保吉がバッチリ映る。重五郎親分は大激怒。

何も知らず、親分の元へ帰って来た茂三は、嘘をついて
野球場に行っていた事をとがめられ、指をつめろと迫られる・・・。





関西の重鎮・花登筐先生の手による脚本作品に、
当時の関西お笑い勢が一挙ご出演。
プラス、「男はつらいよ」以前の渥美清さん。

さすがに製作から半世紀以上が経過した今、
すでにクラシックの域に達した雰囲気。現在の視点から見れば、
当時の文化を知るための記録映画のようである。

当時の文化と言えば「団地」。
そう、日本人にとって、団地に住む事がひとつの目標であり、
流行の最先端であった時代が確実にあった。

大阪万博以前は、日本人の平均的な住宅、家屋は平屋建てが常識。
それが鉄筋コンクリートによる、3階建て、4階建てが登場したのである。
エレベーターもないのに、人々は上の階層を求めた。

50年を経た今、建物が老朽化し、住人は高齢化。
ヘタに建て替えも出来ず、補修工事もままならない。
社会問題化してしまうと、誰が想像したであろうか。

人々は期待に胸を膨らませて、団地に住みたがった。
この国にはそんな時代が確実にあったのです。

本作のほとんどの出演陣が鬼籍に入られたが、皆、活き活きしとるなぁ・・・。




評価 ★★★☆☆
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「おれの行く道」1975 [映画・邦画]

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〔1975年/日本〕



・・・最近ちょっとネタ切れ気味やな・・・。
これはいけないな・・・。
今日もとりあえずタイトル入れてみたけど文章が
思い浮かばない・・・。完全なDrスランプやな。んちゃ。

せや!パクろう!、オッ!検索すれば出て来るじゃん♪。
どうせ同じ映画や、似たような感想になるやろ?。
それにこんな古い映画、誰も気にしてないって!。

もしバレたら、オマージュとかおまんじゅうとか、
リスペクトとかアスベストだ!と言うて押し切ったらいいじゃん!。
みんなやってる!。
これはグッドアイデア。やったもん勝ち。
コピペ、コピペ・・・。

これで今日も一日乗り切れそうだぜ・・・。





千葉県成田市で旅館を経営する土屋家で
母親の一周忌の法要を行うため、
6人の子供たちが集まった。

そこには、祖母のキク(田中絹代)も来ていた。
キクが、最近、
北海道の広大な土地を売り、
2億円の金を持っている事を、
孫たちは知っている。

長男・栄一(河原崎長一郎)
次男・健二(北浦昭義)
長女・松子デラックス(弓恵子)
次女・竹子(夏純子)は、
その金を狙い、
「キクは自分が引き取って、面倒をみる」と言い張り、
誰も一歩も譲らない。

ところが、キクが、
その2億円を、
全額老人ホームに寄付をしてしまった事が分かった。
栄一たちは、途端に、
手の平を返したように、
キクを邪魔者扱いに。

そんな兄たちの態度に、
三男・耕三(西城秀樹)と、
三女・梅子(池上季実子)は憤り・・・。




去年、西城秀樹さんが亡くなった。

第一報を聞いた時は、
ショックで、悲しくて、
それは、so-net中の多くの方が、
同じ気持ちな気がする。

病気になられたあとは、とても大変だったと思うけど、
それより私は、
元気おっぱいだった頃の、
ヒット曲を連発していた時のお姿が見たくて、
YouTubeで違法にUPされている動画を検索して、
沢山の曲を法律に反して聞いて、歌って、踊った。
カンゲキィ~!。

それから、
以前から、DVDを繰り返し見ている昭和のホームドラマ、
「明石貫平35才」の、
並河勇役も大好き。
特に、終盤で小さな幸せを掴みかけた時に、
あえなく事故死してしまう。
あまりにもあっけなさ過ぎて、
その姿が本人が亡くなった今、だぶって見えてしまう…。

ワイルドで、カッコよくて、
悪い噂なんか、
一つもなかった西城さん。
彼がもうこの世にいないなんて、
いまだに信じられない。

西城さんが出演している映画で、
未見の作品を観たい、と思い、
ソフトを探してみたら、
この「おれの行く道」を見つけたのだが、
ビデオソフトが出たっきりDVD化されていなかった・・・。
なので秘められた超能力を使い、念写で再見。

西城さんが、
あの名女優・田中絹代さんと
共演していたというのが驚き。

ただ、タイトルやジャケットに反して、
西城さんの出番はめっちゃ少ない。
ネットでは、
「忙し過ぎたからだ」とか「怪我をしていたからだ」とか、
「バーモントカレーの食べすぎ」とか、
色々な説が書かれているけれど、
まぁ、私は、
やっぱり単純に、YMCAだったからかなぁ、と思う。
(Y やたら M めっちゃら C チョー A アクセク忙しい)。

「寺内貫太郎一家」の翌年の映画、
というわけではないだろうが、
お約束の(?)、ちゃぶ台返しのシーンがある(笑)。
残念ながら「ジュリ~~~!」のシーンはない。
あれは樹木希林さんだったか・・・。

田中絹代さん演じる祖母が、
2億円を老人ホームに寄付してしまったと聞いた時、
欲張りな私は、ちょっとショックで、
孫たちに面倒をみてもらうために
北海道の土地を売って、上京したのだから、
ある程度の「お土産」は必要だったのでは?、
常識ねぇな、このクソババアと思ったりもしたけれど、


ちゃんと、オチがあった(笑)。



評価 ★★★☆☆



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「第三の影武者」1963 [映画・邦画]

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〔1963年/日本/大映〕



家老・篠村に乞われ、城へやってきた杏之助。
杏之助は城主・池本安高に瓜二つであった。
彼は殿の三人目の影武者として、その日から厳しい修行を受ける。

・・・いやぁ~・・・こんなつもりじゃなかったんだけどなぁ・・・。
その教育は歩き方から怒鳴り方、果ては女人の抱き方まで
モノマネ芸人も真っ青の厳しさであった。

まぁ、金も貰えるし、侍にもなれた。よしとしようか。

そんな中、殿が戦の最中に左眼を射抜かれてしまう。
殿の影武者三人もそれぞれ左眼を潰すよう申し渡される。

それはいくらなんでも、ちょっと…と物申した一人は、
その場で斬り殺されてしまう。

ある日、城が急襲を受けると身代わりに影は死ね!と
2人目の影が無残に死亡。ついに杏之助だけが残り、
手負いの殿とふたり連れで逃亡する羽目に・・・。

逃亡生活の中、右腕を失った殿を見て、
恐怖を覚えた杏之助は、遂に殿である安高を殺害してしまった…。

これが杏之助の本当の不幸のはじまりであった・・・。




金子信雄、まだ普通の演技してるな。
「仁義なき戦い」から入った者には、あのネチっこさがないのは
逆に新鮮である。

後半からが本作のキモ。
ライバル役として登場するのが、非情の男、天知茂。
年齢不詳のハードボイルドっぷり!その言動、行動は
まさに血も涙もない!冷酷非道がこれほど似合う男もおるまいて。

狂四郎と同じ人間が演じているとは思えないほどの、
オドオドした小物っぷりを演じきる雷蔵先生の悲哀が見もの。




評価 ★★★★☆
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「グッドラックLOVE」1981 [映画・邦画]

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〔1981年/日本/東宝〕




舞台はニューヨーク。
予備校生の中村亮二は語学留学のため、夏休みを
ニューヨークに住む兄のもとへ居候している。

だが、亮二の本当の目的はダンスの本場、ニューヨークで、
華やかな世界の舞台に立つこと。
亮二はレッスンに明け暮れる日々を過ごしていた。

ある日、グリニッジ・ビレッジのバーで日本人のピアニスト、
ヘンリー木村と帽子デザイナーの順子と知り合う。
チンピラに絡まれていた2人を助けた亮二だが、
ヘンリー木村は怪我をしてしまった。

順子は、トランペッターを目指す弟の徹とニューヨークで
2人暮らしだ。に滞在していた。 回復したヘンリーは、
亮二、徹を連れ日本料理店で食事をしていると、
移民局のガサ入れを受けて困っている健太郎を助けるハメに。

メンバーは揃った。いよいよ、ジャニー喜多川の出番だ!。

喜多川の食指が動く少年はこの3人の中にいるのか?。
そしてそれは、かつて寵愛の限りを尽くしながらも、
自分のもとを去っていったヒロミ・ゴーを越える事が出来るのか?。

グッドラック・・・マイ・・・ボーイズ・ラヴ・・・。




1981年(昭和56年)公開、「スニーカーぶる~す」
「ブルージーンズ・メモリー」に続く、たまきん映画第3弾は、
ついに!皆さん待ち焦がれたトシちゃんが主演である!。

東宝映画でトシちゃんと言えば、三船敏郎と相場は決まって
いるが、邦画の世界も新たな時代を迎えたのである。

製作総指揮としてクレジットされるのが、
「ゴジラ」の田中友幸と「ジャニーズ帝国」のジャニー喜多川ですよ!。
この二枚看板、芸能界ではまさに黄門様の印籠並みの効力を
発します。これに逆らえるのは当時はナベプロぐらいだったのでは?。

とにかくジャニーズは著作権、肖像権にうるさい。
それは自社のタレントを守る為だから、仕方ない面もあるのだが、
あまりの制約の厳しさに80年代、青春を過ごした
元・おねえちゃんたちが、この当時のユルユル映画を懐かしもうにも、
DVDが販売されていない。気軽に見る事が出来ないのが現状だ。

本作は、ジャニーズ事務所の商品化の厳しさに加え、
旧作の映像ソフト販売に消極的な東宝が絡んでいるのが、
作品を二重苦にしていると思われる。

とにかく東宝の旧作邦画、テレビ作品の映像商品化のヤル気のなさは、
消費者からすれば、残念としか言いようがないのだが、
果たして出したところで、それが商売、利益につながるのか?と
言われれば、東宝の判断もあながち間違いではない。

新作の宣伝、商品化にチカラを入れる方が、
よっぽど会社は潤うと思われる。

ただでさえ、ソフトが売れない時代に今さら、
昭和の青春シリーズなどがブルーレイボックスで出ても、
現役で楽しんでいて、見ていた世代は
暮らしに追われて、もう購入する余裕はない。

せめてもう20年早ければ、事態は変わっていたかもしれない。
すべては遅すぎたのである。
今さら、「これが青春だ」ブルーレイボックス50.000円!、
限定予約生産!なんて言われても、マニアしか買わない。

たのきん映画も消費期限は、あと5年・・・というところでは
ないだろうか。出すなら今のうちだ・・・が、もう遅いか?。




評価 ★★★☆☆



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「手討」1963 [映画・邦画]

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〔1963年/日本/大映〕





時は明歴二年。

上覧能が催された際、旗本の侍、新藤源次郎が退屈の余り
あくびをもらしてしまった。舞台で舞っていた前田加賀守は、
自分の能にケチをつけられたと源次郎の処分を幕府に迫る。

理不尽な申し入れに対し、旗本一同は、大久保彦左衛門、
青山播磨を通して松平伊豆守にとりなしを願い出る。
騒ぎは大きくなり、旗本と大名の対立となった。

この騒ぎを知り源次郎は、自分一人が腹を切れば済むと、
加賀百万石の屋敷前で潔よく男らしい最期を遂げた・・・。

春雨に煙るある日、播磨は新藤の墓に参る。
その帰り道、播磨は腰元お菊と知り合い結ばれた。

源次郎の死を契機として旗本の近藤、沢、森などが主となり
白柄組を結成する。幕府の治世も落ちつき世は泰平に満ちていた。

かつての功労者であったはずの、直参旗本も次第に疎んじられる
ようになり、目的を見失った彼らは至るところで大名と衝突する。
白柄組の悪名は町にとどろくようになる・・・。





有名な怪談話「番町皿屋敷」を超ハイパーアレンジ!。

ここまでスーパー翻訳しちゃったら、もう「別モノ」だろう?。
原作のクレジット入れる必要なかろう?。

怪談のほうの殿さまはエゲツない。
自分の私利私欲のために、無実の女を責めて責めて、
最後は自分も復讐されておしまい。
スカッとしたぜ!と爽快感に包まれて終わる。

しかし、こちらはどこまでも哀しい。
菊が家宝の皿(10枚組ワンセット)のうち、
1枚を割ったと聞いても、
殿さまは「許す」と菊に告げる。

菊が殿さまの心を試すために割ったと聞かされても、
「いや、手違いやろ?誤って割ったんやろ?」と被せる。

それでも割ったは割った。ワザと割ったのである。

周りの手前もある。殿さまはけじめをつけなければならない。

どこまでも純愛。愛に生き、愛に死す。
そんな殿さまを市川雷蔵が好演。
序盤で壮大に腹を切った若山富三郎では、
こうはいかなかっただろう。

しかし、この当時の大映、まだまだ余力があったのだな。
若山の切腹シーンにも豪勢なセットと大勢のエキストラ。
わずか1分にも満たないシーンであるのに。





評価 ★★★★☆
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「ずっこけナイト ドンデラマンチャ」1980 [テレビ番組関連]

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〔1980年/日本/国際映画社〕




1980年(昭和55年)放映、「銀河旋風ブライガー」
「超攻速ガルビオン」の国際映画社、
葦プロダクション(リード)制作による
「ずっこけナイト ドンデラマンチャ」。

ミゲル・デ・セルバンテスの「ドン・キホーテ」を原作に、
心熱き主人公、ドンキホーテ・デ・ラマンチャによる、
純情で単純でどこか間抜けな姫への想いを、
ちょっと時代を感じるハイパーギャグを交えつつ送る、
伝記ロマン大作アニメーション!。(それほどでもない)。

長浜忠夫、金田伊功先生といった超一流のスタッフが
結集した埋もれたブッ飛び傑作!。

そんな本作がアニメファンの間で話題になるのは、
やはり、金田伊功先生が手掛けた第6話「ドンはカウボーイ」。
1980年代、東芝映像ソフトより発売されたビデオソフトにも
収録され、アニメージュ誌にも特集された伝説の一作。

本作は製作の国際映画社倒産のゴタゴタで、放送に使用された
16mmプリントが散逸。(同時期の作品、ハニーハニー、
若草の四姉妹、ドタコンなどとともに業者間に横流しされたと言う)
いざ、デジタル化!の時代を迎えた時、全話数分の素材が
揃わなかった。ネガは保存されていると言うが、使える状態で
あるならば、不足分のニュープリントを起こすと思われるのだが・・・。

現状、第1話は当時のビデオソフトを入手するしか観賞する術がない。

本来、全26話の予定で製作が進められながら、
本放送は全23話で終了。
現在、公式ホームページにも「全23話」の表記が・・・。

第24話~第26話は完成していたというのだが、
それを見た者は誰もいない・・・。

果たして、存在するのだろうか、幻の最終回・・・。
実に謎の多い作品である・・・。




評価 ★★★☆☆
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「樫の木モック」1972 [テレビ番組関連]

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〔1972年/日本/タツノコプロ〕



ある日、ひとり暮らしの木彫り職人のゼペット爺さんは、
その寂しさから樫の木で子供の人形を造り出した。

その人形はある夜、妖精によって命を吹き込まれ、
モックと名付けられ、おじいさんは大喜び。
自分の子供のように可愛がって一緒に暮らしはじめました。

しかしモックはイタズラ好きで、問題を起こしては
ゼペットじいさんを困らせていました・・・。




カルロ・コローディ先生のよる「ピノキオ」をベースに、
「科学忍者隊ガッチャマン」「新造人間キャシャーン」でおなじみ、
吉田竜夫先生率いるタツノコプロダクションが、とことんまで
貧乏臭く、ドン底までに救いようのない作風で
1972年(昭和47年)より放送開始した「樫の木モック」です。

この時期のタツノコ作品は「みなしごハッチ」を筆頭に、
第1話から、うつ病を引き起こすほどのトラウマを子どもたちに
植えつけるのがデフォ。

本作も主人公に対しては、かつてない、これからもないほどの
試練を与えまくる。なんせ、モックの体は「木」なので、
主人公はバラされ、手足はすぐに燃やされる!。

常に命を付け狙われ、危機に直面するのだが、
このモックは人の・・・(と言うか、本作ではコオロギさん)の
忠告を絶対に聞かない。で、ピンチに陥る。

これの繰り返し。学習の力はあまりない。
なんせ、脳みそまで「木」だから。
気の毒なのは、おじいさん。ただ悲しみオロオロするだけ。


人々はモックを罵る「悪魔の人形」と。
ま、普通に考えたら、木の人形が意思を持ってウロウロしてたら・・・、
怖いな。わからなくもない。

そして迎えた最終回。
子どもたちが嬉しい楽しい、雪の降るクリスマス。

ついにモックも、こりゃあヤバイ、こんなことしてたら、
物語終わんねぇよ!と自覚したのか人助けに目覚める。

しかし「悪魔の人形」に恐怖した人々は、
モックに向けて一斉に銃を撃ち込む・・・!息絶えるモック・・・。

あまりに強烈過ぎる内容、現在の視点から見て、
差別的な内容が多分に含まれるせいか、
本作はビデオテープの時代から全話数が商品化された事が無い。

ぜひ、今を生きるよい子に強制的に見せつけて
人間の生きる厳しさを叩きこんでやりたいのだが・・・。

昭和の子どもたちは、普通にこんな物語を毎週、
見せられていたんだなぁ・・・。スパルタだなぁ・・・。




評価 ★★★★☆
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「アニメンタリー決断」その2 1971 [テレビ番組関連]

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〔1971年/日本/タツノコプロ〕





人生で最も貴重な瞬間
それは、決断の時である。
太平洋戦争は我々に平和の尊さを教えたが、
また、生きるための教訓を数多く残している。


1971年(昭和46年)、日本テレビ系にて放映開始された
異色の戦記アニメドキュメンタリー「アニメンタリー決断」。

制作はアニメ業界でも当時、リアル・劇画路線を突き進んでいた
吉田竜夫先生率いるタツノコプロダクション。

この作品の成功が後の「科学忍者隊ガッチャマン」、
「宇宙の騎士テッカマン」「破裏拳ポリマー」のような
ハードSF作品への布石となった。


1941年12月8日の真珠湾奇襲攻撃から、
1945年8月15日の終戦までの太平洋戦争の全容を
リアルな作風で描ききった傑作!。

順当にいけば、最終回は当然、昭和天皇をテーマにした
第26話「天皇の決断」…となるハズなのだが、
それは制作・放送されなかった。

本放送当時の最終回は「川上監督の決断」と、
なぜかいきなり読売巨人軍の実写ドキュメンタリーに
なってしまった。

と、以前書いていたのだが、その後の調査により、
前半クール制作中に日本と中国の戦いを描いた、
日中戦争の1話分が製作されながらも
お蔵入りしてしまった・・・という話が飛び込んできた。

すでに作品は完成しており、試写の段階で、
「ちょっとこれは・・・」という描写が見られたため、
放送が見送られたというのである。

なお、都市伝説のように語られる、
決断、幻の最終回「昭和天皇の決断」はハナっから
製作される予定もヘッタクレもなかったとのこと。

そう言われれば、当時は昭和天皇もバリバリの現役であり、
皇室を「いじる」なんて、もってのほか。
今よりもさらに皇室への発言、意見等は統制されており、
それをアニメにするというのも、かなりムズかしかったと思われる。

現在のように皇族を呼び捨てにして、不平不満を
ネットに書き散らす・・・そんな事が出来る訳ない!。
そんな時代が日本にはあったである。
(今もしてはいけませんよ、それをヘイトというのです)。




評価 ★★★★☆
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「ピュンピュン丸」1967 [テレビ番組関連]

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〔1967年/日本/東映動画〕




伊賀忍者のピュンピュン丸は凄腕の少年忍者。
しかしどこかが抜けていてずっこけるのが玉にキズ。

弟のチビ丸の泣き声はもの凄く、破壊力抜群だが、
兄の言うことをまったく聞かない。
ガールフレンドのサユリちゃんは甲賀忍者のくノ一。
そんなピュンピュン丸にベタ惚れのケメ子は、イヤだと言っても
ついてくる・・・。

ゆかいな仲間に囲まれてピュンピュン丸はなんでもOK商事で
今日もがめつい所長にこき使われる毎日。
敵対するライバル、風魔忍者たちとの戦いは実にキビシー!のであった。




1967年(昭和42年)、NET(テレビ朝日)系でドッテドッテと放映されたのは、
「恐怖新聞」のつのだじろう先生による「忍者あわて丸」を原作として、
東映動画(東映アニメーション)がなんだなんだなんだと製作した、
「ピュンピュン丸」(花のピュンピュン丸)です。

そう、問題は「花の」ピュンピュン丸である。
ピュンピュン丸はなぜ、「花のピュンピュン丸」と呼ばれるのか?。

完成作品には「花の~」という表記はどこにもない。
物語中でも「花の~」と呼ばれることもない。

それなのにアニメ大百科などでは、
「花のピュンピュン丸」と記載され続ける例が後を絶たない。

どこから「花のピュンピュン丸」というタイトルが
広まってしまったのだろう。

実は「花の~」は企画時のタイトルで仮題のまま、広報資料として
使われてしまい、その後正式タイトルから「花の」がなくなるも、
現在に至るまで、その名残が残っていると言う稀有な例…らしい。

「らしい」というのも、都市伝説クラスのいい加減なものであり、
本放送と再放送では番組タイトルが変わった、表記が変わった、
というケースもないことではない。

有名なところでは、
「変身忍者嵐」は途中で、「へんしん忍者あらし」に変わったとか、
「闘士ゴーディアン」は「分身合体!闘士ゴーディアン」に、
「Gライタン」は「黄金戦士ゴールドライタン」に・・・など、
様々なケースが伝えられるが、現在公開されているフィルム上では、
確認することは出来ない。

理不尽ではあるが「ピュンピュン丸」は
今日も「花のピュンピュン丸」と一部の人に
呼ばれ続けて生きるのだ。誠にキビシーーー!!!。




評価 ★★★☆☆
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